適当ブログ

吉田沙保里さん講演会【ヒント発見士ぴーちくぱーちく】

本日とあるきっかけで吉田沙保里さんの講演を聴講させて頂きました。会場は100名前後の会場でかなり近い所で参加致しました。

テーマは「夢・情熱を持ち続けることの大切さ」。司会の方とお二人でのトークセッション。時間は約1時間だったのであっという間に過ぎてしまいました。

吉田沙保里さんは1982年10月生まれ(なんと同い年でした)。レスリングは3歳から始める。それからお父さんの強烈な指導?と本人の練習の成果を合わさって、13大会連続世界一を獲りギネス記録に認定。206連勝も記録。「霊長類最強女子」の異名を持つ。

レスリングも勿論大変だったが、今はレスリングにはない、社会の大変さを感じていらっしゃるようです。司会者の方から「レスリングへの未練は?」という質問に対しては「やりきった。寂しい気持ちはない。戻りたいとは思わない」と仰っていました。

練習などはすることはないそうだが、身近にレスリングがある環境はあり、たまにやると非常にきついそうです。レスリングをやっていた時は常に目の前の「勝ち」を目標に拘って頑張っていたが、現在の目標は?と聞かれると「与えられた仕事を頑張る」との事です。

吉田沙保里さんがレスリングを始めたきっかけは、お父さんが「やれ」と言ったから。吉田沙保里さんの家庭ではお父さんが絶対的存在。逆らうなんてことはあり得ないそうです。家に道場もあり逃げも隠れも出来ない状況だったそうです。

始めの頃は目標もなく嫌だけどやらざるを得ない状況。5歳から試合にも出るようになる。ある試合で男の子に負けてしまいました。そしてその子が優勝。その時に今度は私が優勝したいと思ったそうです。でも優勝はスーパーやコンビニには売ってない。自分が頑張るしかない。そこから頑張るようになった。

子どもの頃はどこの家庭も子どもよりも親が必死だった。厳しい父。練習は嫌いだったけどだからといって当時かSら練習は手を抜かなかった。集中して全力で練習。レスリングは長時間出来ないので、2〜3時間くらいの練習時間。

高校までは朝練はなく、大学から午前と午後の練習生活が始まった。

3歳から始めて引退までのレスリング人生。小学校6年生までは夢はない。小学校の頃の夢は「レジ打ちのおばちゃん」と卒業文集に書いてあったそうです(笑)

しかしそんな吉田沙保里さんにも転機が。柔道の谷亮子選手。まだ当時はレスリングがオリンピックの競技にはなっていなかった時だが、谷亮子選手が金メダルを取って活躍する姿を見て、「私もオリンピックに出たい」と思ったそうです。

その時に初めて夢が明確になり目標が出来た。

勝つことに拘り負けたらなく、本人がおっしゃるように大の負けず嫌い。

選手生活では殆ど怪我をしたことがない(後述するが怪我は怪我ではないようです)
中学校の頃に腕(手首)を脱臼骨折した。医師からは全治三ヶ月。これでは普通試合になんて出れない。

ボルトが腕から突き出ていた。しかしそんな状態なのにお父さんから「試合に出るため、テーピングが巻ける長さになるようボルトを切ってこい」と。

あり得ない。あり得ないんです。でも父の言うことは絶対。仕方なく医師の元へ。当然「無茶な」と突き返されます。それでも吉田沙保里さんは「切らないと帰れないんです」と懇願。父は絶対的存在。医師が折れる。一ヶ月後試合に出る。

その試合では「吉田沙保里は怪我をして試合には出てこない」と噂が広まっていた。当時のライバルも丁度その時に盲腸を患っていたが、吉田沙保里選手が出ないのであればと、盲腸を散らして大会に出場。そしてまさかの吉田沙保里選手も骨折しているにも関わらず出場。その二人が勝ち進み決勝へ。結果は吉田沙保里選手の優勝。

はい、バケモノです。吉田沙保里さんもお父さんも。

練習は当たり前。強い人は量なんてこなすのは当たり前。でも最後に勝つか負けるか。優勝できるか2位以下になるか。それを分けるのは気持ちを強くもつこと。何としても勝つ、勝ちたいと思う気持ち。自分に対しての自信。これだと仰っています。

「心技体」。この中でも「心」が鍛えにくい。だが大事。最後の最後は気持ち。

これだけの記録を打ち立てた方がいうのだから、やはり気持ちは大事。現代は精神論をバカにする風潮があるように思います。当然精神論ではどうにもならないことはあります。しかしそこには圧倒的な練習量があります。世界のトップレベルの人は当然尋常ではなく誰よりもその道を極めるべく打ち込んでいます。だから差なんてない。最後の最後はどれだけ自分に自信をもち、勝ちたいと強く願うか。そのほんの少しの差だけれども、非常に大きな差が「精神力」。

普通の人は世界を争うとまではいかないかもしれない。だけれども、日々挑戦があります。やるなら勝ちたい。成功したい。そう思うのは当然です。

こんな吉田沙保里選手を育てたのはやはりお父さんの存在です。指導者になる予定は?と聞かれると「私には出来ない」と吉田沙保里さんは仰います。

コーチは難しい。教えることは非常に難しい。何よし厳しさが必要。流石にお父さんとまではいかないけど、ある程度の厳しさは絶対必要。吉田沙保里さんはそれが出来ないと感じています。昔に比べて今は厳しくすることが難しいようです。

当然教えるからといって手を上げることは良くないことです。だけれども、選手優先でも駄目だし、追い込むことは絶対必要だと仰います。今はそういう風潮がなくなってきて難しい環境にあるようです。

一人では強く慣れない。選手がコーチ、この人についていこうと思える十分な信頼が必要です。信頼があるからこそ、厳しくされても愛の鞭となる。それがなければただの体罰。ただ吉田沙保里さんは優しいので、選手がきつかったりやりたくないといったら、「そうか」とそこから突っ込むことは出来なさそうと仰っていました。

やはり、選手としてやるのと、コーチをやるのは別次元の能力や精神力が必要のようです。

最後にこれからの夢は?と聞かれると「結婚」「子どもが好きなので欲しい」との事です。これはレスリングよりはるかに難しい。レスリングであれば相手を力とスピードでねじ伏せればいいが恋愛となるとそういう訳にはいかない(笑)

これからもお仕事に恋愛に頑張ってください!

以上、ヒント発見士ぴーちくぱーちくでした。

RELATED POST