教養・哲学

本を読む人だけが手にするもの【ヒント発見士ぴーちくぱーちく】

何故本を読むのか?


私は30歳になるまで全く本というものを読んでこなかった。必要性も全く感じてこなかった。でも今は読書が好きだ。それは何故なのだろう。

頭をよくしたいから。知識を得たいから。色々な考えを学べるから。面白いから。落ち着くから。人によって読む動機は様々だと思う。どんな読み方をしても、どんな理由であっても、人それぞれ好きに読めばいい。

でも折角読むなら何かプラスになった方がいい。本を読まない人は読む理由が分からない。読む時間がない。他のことの方が価値があると感じているから読まないのかもしれない。

本書はタイトルにある通り、本を読む人だけが得られるもの、読書することのメリットについて書かれている。

まずはじめに本を読む前に現代の日本について考えてみる。20世紀型の「成長社会」→テーマは「みんな一緒」。21世紀型の「成熟社会」→テーマはそれぞれ一人一人。

「みんな一緒」の時代には、日本人にはパターン化した幸福論があった→みんな一緒の幸福論。周囲の流れに乗ってさえいれば、深く意識はせずともある一定レベルの幸せになれた。

受験をして学校に通って、就職して終身雇用の中、年功序列で昇給、昇進していく。住宅もローンを組む。定年退職して退職金をもらう。その退職金で余暇を過ごす。家族、孫に看取られる。

高度成長期の日本。みんな右に倣えで働いて急成長してきた。企業も潤い、国のGDPも上がり、先進国として小さな日本が世界に大きな影響を持つまでになった。

それでは今はどうか。まず終身雇用が揺らいでいる。あのトヨタ自動車でさえ、終身雇用を維持するのが困難とさえ言っている。日本で一番の時価総額を誇る会社がである。何も一つの会社でずっと働くことが正義ではないと思っている。転職をしたっていいし、やりたいことがあるのであれば起業したっていい。今は会社に所属しなくてもお金を稼ぐ方法はある。どれだけ稼げるかは別の話だが。

寿命を相当伸びている。今は80歳後半だが、今の若い世代は90歳以上になるし人生100年となるのも近い。これから定年の年齢も上限が上がるとは思うが、それでも老後の時間は長くなる。健康寿命が伸びればいいが、そうでなければ非常にリスクも大きい。

科学も進歩するし様々な技術がどんどん世に出てくるからそれらは杞憂かもしれない。私もそちらの考えで、どーにかなると思っている。でも何もせずにどーにかなる訳ではない。世界や常識が変化するのであれば、自分も適応させなければ淘汰されてしまう。

だからこれからは一人一人が自分自身にとって、何が大事か、何を目標とするのか、何をしている時が幸せなのか、その為にどうしていくのか考えて明確な答えを持って生きていかなければならない。

その道筋を見つける為、考える力を養う為には「教養」が必要だ。世界で働くビジネスヒューマンは「教養=リベラルアーツ」を身につけている。教養がないと相手にもされないという。その教養を身に付けるのには読書が欠かせない。これは本書に限らず色々なところで語られている。私も今必死に教養をつける為に、思考力をあげ自分の考えを作り発信できるように本を読んでいる。

では何故読書なのか?情報とか知識はインターネットにもあるのではないか?

本を読む読まないの影響を調べる為に行った調査結果がある。学生がレポートをかくにあたって、読書時間がゼロの学生、一日30分の学生、一日二時間の学生にレポートを書かせた。そうすると、みんなが物凄く速いスピードで情報を取捨選択しネット記事をコピペして修正しレポートを完成させた。

それらの学生のレポートはテーマが多岐に渡っていた。しかし論理展開に乏しく情報を集めて並べただけだったという。

そんな中一人だけ違っていた。一日二時間の読書をしていた学生はネットでヒットした参考文献を図書室で借りた。また偶然目にしたテーマに関連しそうな本も別で2冊借りてレポート書いた。

そのレポートは自分で仮説を立てて、論理的な思考を行い、自分なりの論旨を展開していたという。その学生は「ネットだとキーワードで調べたものしかヒットしないという面があるのに比べて、本は検索では結びつかないようなものも拾ってこられる」と言った。

果たしてその通りなのか?ネットにはリンクが貼られている。次から次へと情報を検索できる。ただし全く関係のない情報に行き着くことも多いことは確かだ。また一つの記事で多くても数千字程度。本は数万文字以上。文字が多ければいいという訳ではないが、著者が深く考え、その考えに至った論理、異なった意見への反論、自身の成功体験、または失敗した体験など様々な角度から、長い時間をかけて作っている。また制作過程で著者だけでなく編集のフィルターもかかっている。

ネットが全て悪いとも私は思ってもないし、本が絶対的に良いという盲信もない。ニュースや客観的事実などの情報を素早く手に入れるのはネットの方が圧倒的に速いし効率はいいと思う。だけれども今現在、一つのテーマを深く掘り下げて調べたり、考察したり、著者の意見を聞いて自分の考えを形成していくのは本に軍配が上がると思う。

50年で30万時間


残りの人生が50年とすると寝ている時間を除いた時間は大体30万時間程度。この時間をどのように活用して行いけばいいのか?

自分の頭で考えアウトプットするには、少なくとも大量のインプットが必要。そのインプットで一番良いのは、自分で身を以て体験すること。これに勝るものはない。実際に体験したことは、机の上で勉強するよりも遥かに身につく。忘れもしない。後々の自分にも大きな影響を与える。ただリアルな体験を全て自分一人でするのは不可能。

だから本という媒介を通して、著者の脳を擬似的にインストールする。そうすれば、理論上読書した数だけ他人の経験を吸収できる。大量の読書をしてインプットすればそれだけ教養も身につくし幅が広がる。

著者はなるべく乱読をするように勧める。読書をしても一つのジャンルだけではあまり多様性は生まれない。自分の好きな意見だけのものしか集めることができない。多くの作品に触れた方がいい。

でも無理して読む必要はない。著者も今まで3000冊程度は読んできて2割は面白くなく途中で辞めたという。そもそも、いやいや読んでも身にならないしそれこそ無駄である。ただ普段買わないような本の中には、面白いと思える作品に出会えることもある。だから私は人から勧められた本は必ず購入して読んでみる。

まだ私は満足を行くだけの本が読めていないし、効果のほどはわからない。でも本を読む時は集中できるし、気持ちが晴れる。知らないことを知ることが出来てワクワクする。アウトプットが苦手だったが、こうやって支離滅裂で拙いなりにも、文章を書くようになった。これをずっと継続すれば必ず変わると思っている。

もちろん本を読むだけでは大きな成果は得られない。行動に移してこそだと思う。そうしようと思っている。これからも本を通じて色々な世界に触れて成長していきたいと思う。

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