小説・文芸

風ヶ丘五十円玉祭りの謎【ヒント発見しぴーちくぱーちく】


タイトル風ヶ丘五十円玉祭りの謎 (創元推理文庫)

著者青崎 有吾

ターゲット層:推理好き、小銭好き、不器用な人、ボケとツッコミのスキルをあげたい人。死ぬのが怖い人。

読んだ後の効果気分がスッキリします。死人も出ず、陰鬱いんうつな犯人の歪んだ犯行動機もありません。

プレゼンでも使える!?


ぴーちくぱーちくの独自視点からの考察:全部で5つ+最後のおまけの合計6遍からなる短編集です。ひとつひとつの話が短い癖に内容が濃いので薄っぺらく感じません。ダラダラと長ければ良いのではなく、短くてもポイントを押さえて伝えれば読者に飽きさせない良い見本です。

これを何かビジネスの現場でも応用出来ないかと、無茶振りを自分に課して見ました。そこで思いついたのが、報告資料です。

ビジネスの現場では、大量の資料を作っては報告、作っては報告をする事がよくあります。用途も多種多様。社内で決裁をもらうためのお伺い資料。取引先に納得してもらうための資料。アイデアを出すための叩きとなる資料。報告をするための資料の元となる資料のそのまた資料など(笑)

明らかにこの資料作る意味があるのか?と思う馬鹿げたものが沢山あるのですが、人が集まって何かを話し合うとき、何かを決めるときには、残念ながら資料を作成しなければならないことが多々あります。

そして満を辞してその資料を持って会議に臨むのですが、聞いてない事が実に多いんです。聞いていたとしても理解されない。子守唄の代わりになっているのか気持ちよく永遠の眠りにつく人まで出てきます。

でもこれ、聞いている人だけに問題があるのではありません。伝える側、伝える資料に問題があるケースが非常に多いんです。

作成する側として見れば、根拠となる数字、原因、要因、予測、予想、結果と対策など、調べに調べて、考えに考え抜いて、その情報を余すところなく資料に網羅します。

そしてそれらを上から順に読み上げる。

内容それ自体は論理的で理路整然としているのかもしれませんが、とにかくダラダラと長い。これでは正論でも、中身以前に聞いてもらえなくなってしまいます。せっかく腕によりをかけて作成した我が子だちが理解されず黙殺されてしまうのです。

ここで本書の出番です。無駄な部分を削ぎ落として、コンパクトにまとめる。それでいて事件と推理に必要な情報だけをかききる。読者(聴衆)を飽きさせないようにユーモアを取り入れる。

ソフトバンクグループの孫正義氏のプレゼンなども、グラフも数字もシンプルでわかりやすい。大事なことだけを短く。ユーモアもあり人を惹きつける魅力があります。

もちろん、なんでもかんでも短くすればいいのではありません。長い小説がダメと言っている訳でもありません。聴衆(読者)を物語に引き込ませるための方法論として、本書はそんな所に魅力があるのです。

そういう視点で見るとまた違った楽しみや別分野でのヒントを見出す事ができます。


最後に、何故ブログのタイトルを「セロリから学ぶ〜」にしたのか?小説の中の一説を紹介します。

「そのシロップ、なんの味ですか。セロリ?」

「そんな健康志向な味があってたまるか。これはラムネだ」

本書より

私はあまり嫌いな食べ物がありません。まぁ好き好んで食べない食材は色々とあるのですが、出されれば大抵食べます。でも、でもです。この「セロリ」だけはどんなに我慢しても口に入れる事はできません。匂いを察知するだけで、全身が硬直し戦闘態勢に入ってしまいます。

口にしたのは2回だけです。小さい頃に母親に。泣きながら口に含んだのを今でも忘れる事ができません。ちょっとしたトラウマです。そして大人になってから。大人になったら味覚も変わっているし、あの時ほどではないだろうと。

セロリの破壊力を甘く見てました。ごめんなさい。

ダメなものはダメでした。セロリを食べなくても何も困る事はありません。何故あのようなものが大抵のスーパーに置かれているのか理解ができません。

食べるのはもちろん、匂いも本当にダメです。

そしてまさか、小説でも「セロリ」が登場するとは。なんの因果か。

でも著者である青崎有吾さんの物語は面白い。葛藤した挙句これも何かの縁かと思い(一体なんの縁なのか)意を決してタイトルに「セロリ」を冠した次第でございます。

さて、全く本書の内容に触れなかったのですが、私はこのように、小説を楽しみつつ何かビジネスであったり、生活であったり、なんでもなかったりと、勝手にヒントなるものを探し続けております。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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